2人旅 Part3
やはり列車は10分遅れでペルージャ・ポンテ・サン・ジョバンニ駅に着いた。
それにしても、どうしてこうもイタリアの列車の階段の一段が高いのだろう・・・。
日本の階段の二段分が一段、それを二段下りると大体線路と同じ高さにあるホームにやっと足が着く。
私のような小柄な女性には本当にやっかいな代物だ。何故、日本のようにホームを高くして乗降し易くしようと思わないのだろう!?
私は用心しながらホームに降りた。直ぐ私の後ろには例の綺麗な老婦人が階段を下りようとしている。
私は思わず彼女に手を添えた。
ホームに降り立った彼女は「有難う!私はゆっくりゆっくり行くから大丈夫よ」と。
ふっと駅舎の方に目をやると友人のS子ちゃんが満面の笑みで待っている。
そして、駆け寄って抱き合ったとたんに「あっちゃ〜〜ん!お姉ちゃんもこんな遠い処まで・・・」と泣き出した。心配性が洋服を着たような友人は、私たちをちゃんと迎えられるか夕べから眠れなかったのだそうだ。私はここ数年、イタリアに行くと彼女の処まで行き会っているし、スカイプと言う便利なツールでテレビ電話もよくしている。
でも、姉にとっての15年ぶりのイタリア旅行、少ない日程の中で自分の住む田舎まで来てくれたのが、S子ちゃんには余程嬉しかったのだろう。
話はそれてしまうが、S子ちゃんが2004年10月にイタリアで結婚式をした際に、私もお祝いにイタリアまで駆けつけた。しかしその時、姉の主人(私にとって義兄)が癌を患っていて、かなり良くない状態だった・・・・それでも姉は折角のお祝いだからと快く送り出してくれた。その時の事情を知っているS子ちゃんには、姉の看病の日々、夫を亡くした空虚な気持ち、そしてカフェをオープンさせ、何とか無事に3年を過ごした姉への思いが強かったのだと思う。私自身も義兄が亡くなった後、S子ちゃんに「姉をいつか大好きなイタリアに連れて行ってあげたいんだぁ」とよく話していた。私が連れて行ってあげるなんて、そんな偉そうなことは私にはできなかったけれど、今回本当に一緒に来られて良かった・・・・とつくづくそう思った瞬間だった。
実はS子ちゃんの旦那さんジュゼッペも昨年、癌で片方の腎臓の摘出手術をして、今も仕事をしながら治療をしている。そんな彼女だからこそ尚更、今回の姉の訪問が嬉しかったのだと思う。
人間の人生なんて本当に思うようには行かない・・・・。生きていれば色々ある。自分ひとりで生きているわけではないから、思いもよらない方向に行かざるをえないこともある。紆余曲折、行く道を軌道修正しながら歩くしかない。でも、生きている限りは精一杯生きなきゃ、いっぱい楽しいこともしなくっちゃ!
あ〜〜、旅のリポートのつもりが何だか湿っぽい話になってしまいました。次回は先に進めます・・・。
それにしても、どうしてこうもイタリアの列車の階段の一段が高いのだろう・・・。
日本の階段の二段分が一段、それを二段下りると大体線路と同じ高さにあるホームにやっと足が着く。
私のような小柄な女性には本当にやっかいな代物だ。何故、日本のようにホームを高くして乗降し易くしようと思わないのだろう!?
私は用心しながらホームに降りた。直ぐ私の後ろには例の綺麗な老婦人が階段を下りようとしている。
私は思わず彼女に手を添えた。
ホームに降り立った彼女は「有難う!私はゆっくりゆっくり行くから大丈夫よ」と。
ふっと駅舎の方に目をやると友人のS子ちゃんが満面の笑みで待っている。
そして、駆け寄って抱き合ったとたんに「あっちゃ〜〜ん!お姉ちゃんもこんな遠い処まで・・・」と泣き出した。心配性が洋服を着たような友人は、私たちをちゃんと迎えられるか夕べから眠れなかったのだそうだ。私はここ数年、イタリアに行くと彼女の処まで行き会っているし、スカイプと言う便利なツールでテレビ電話もよくしている。
でも、姉にとっての15年ぶりのイタリア旅行、少ない日程の中で自分の住む田舎まで来てくれたのが、S子ちゃんには余程嬉しかったのだろう。
話はそれてしまうが、S子ちゃんが2004年10月にイタリアで結婚式をした際に、私もお祝いにイタリアまで駆けつけた。しかしその時、姉の主人(私にとって義兄)が癌を患っていて、かなり良くない状態だった・・・・それでも姉は折角のお祝いだからと快く送り出してくれた。その時の事情を知っているS子ちゃんには、姉の看病の日々、夫を亡くした空虚な気持ち、そしてカフェをオープンさせ、何とか無事に3年を過ごした姉への思いが強かったのだと思う。私自身も義兄が亡くなった後、S子ちゃんに「姉をいつか大好きなイタリアに連れて行ってあげたいんだぁ」とよく話していた。私が連れて行ってあげるなんて、そんな偉そうなことは私にはできなかったけれど、今回本当に一緒に来られて良かった・・・・とつくづくそう思った瞬間だった。
実はS子ちゃんの旦那さんジュゼッペも昨年、癌で片方の腎臓の摘出手術をして、今も仕事をしながら治療をしている。そんな彼女だからこそ尚更、今回の姉の訪問が嬉しかったのだと思う。
人間の人生なんて本当に思うようには行かない・・・・。生きていれば色々ある。自分ひとりで生きているわけではないから、思いもよらない方向に行かざるをえないこともある。紆余曲折、行く道を軌道修正しながら歩くしかない。でも、生きている限りは精一杯生きなきゃ、いっぱい楽しいこともしなくっちゃ!
あ〜〜、旅のリポートのつもりが何だか湿っぽい話になってしまいました。次回は先に進めます・・・。
(2013年5月15日)
atsuko_sugihara │Comments(4)│Monologue2013
この記事へのコメント
1. Posted by jaqbre 2013年05月17日 10:27
S子さんはどのくらい離れたとこのお住まいかわかりませんが、嬉しかったでしょうね。あっちゃんとお姉さんに会えて。
S子さんてひょっとして勝浦出身の彼女かな?
S子さんてひょっとして勝浦出身の彼女かな?
2. Posted by 杉原あつ子 2013年05月17日 10:44
Jaqbreさん、
S子さん宅は、迎えにきてくれた駅から車で30分ほど離れた村。この駅の周辺を含めても兎に角、日本人が居ない処です。
彼女は東京生まれの東京育ちの都会っ子。でも、田舎が暮らしが好きなのだそうです。面白いものですね。住めば都かな、、、、
S子さん宅は、迎えにきてくれた駅から車で30分ほど離れた村。この駅の周辺を含めても兎に角、日本人が居ない処です。
彼女は東京生まれの東京育ちの都会っ子。でも、田舎が暮らしが好きなのだそうです。面白いものですね。住めば都かな、、、、
3. Posted by コイ(小碇暉雄) 2013年05月18日 10:58
そういえば、鉄道の乗降と限らず、テレビで観ているイタリアの街中は石段道が多く。バリアフリーの通路やエレベータ等見かけないけど、イタリアも結構長寿の国なので、お年寄りや障害者は大変だなと思うけど、観光地だけなんだろうか?
お友だちがお姉さんを涙と共に迎える気持はとても解る気がします。
見ず知らずの出逢いでも、親近感でもって接することが出来得る日本とは違う、エトランジェの中で、旧友に出逢うような。
お友だちがお姉さんを涙と共に迎える気持はとても解る気がします。
見ず知らずの出逢いでも、親近感でもって接することが出来得る日本とは違う、エトランジェの中で、旧友に出逢うような。
4. Posted by 杉原あつ子 2013年05月18日 12:35
小碇さん、
イタリアの観光地、古い町並みはみんな石畳です。昔の通りに修復しなければならない法律があるようですから。
道路は難しいかも知れませんが、世界遺産、文化遺産を損なわないように建物の中ではエレベーターを後から無理やり取り付けた美術館はありあすね。もちろん新しい建物は別ですが、古い建物で外観上でバリアフリーになっているところは見たことがありませんね。
イタリアの観光地、古い町並みはみんな石畳です。昔の通りに修復しなければならない法律があるようですから。
道路は難しいかも知れませんが、世界遺産、文化遺産を損なわないように建物の中ではエレベーターを後から無理やり取り付けた美術館はありあすね。もちろん新しい建物は別ですが、古い建物で外観上でバリアフリーになっているところは見たことがありませんね。

