喪中はがき

今年も残り一ヶ月・・・師走の声を聞いた途端、今年は何をやったのだろう
あ〜何もしていない と焦ってきます。
そして、暮れになると家に届くのが「喪中はがき」。喪中の理由が、少し前までは「祖父が、祖母が亡くなった・・」、そして最近増えてきたのは「父が、母が・・・」。ところが今年は何故か「兄が・・・」「姉が・・・」亡くなられたので喪中だとのお知らせが幾つもあります。知人のご兄弟なのだからまだまだお若いはず。いいえ、もう何が起きてもおかしくない年頃になったと言うことでしょうか
そんな喪中はがきの中に、小学校、中学校、高校とずっと一緒だった仲良しグループの一人、S美さんのご主人からのものがありました。亡くなられたのはすでに7月とのこと・・・。
小学校の時には、子供にしては少し鼻にかかった低い落ち着いた声で「おかもっさ〜ん」と毎朝、迎えに来てくれました。中学の時も、高校になってクラスが変わっても、私は仲良しのいるクラスにお弁当箱を持って行き一緒に昼食をとりました。
大学は私だけが東京で、皆は京都に。私はそのまま東京に居残ったので、地元に戻り就職した仲良し仲間とは会うことはなくなりました。そして皆はそれぞれ結婚して子育てに忙しくなり、いつしかお付き合いは年賀状のやり取りだけになってしまいました。学生時代、私たちはたわいもないおしゃべりをしていただけかも知れません・・・。真剣な話はしたこともない、する必要もなかった若い時代でした。けれど私の郷里での想い出の中で、彼女は確かに大きな場所を占めています。
関西在住の仲良し仲間のCちゃんとM子ちゃんも、彼女の病気のことも亡くなった事も知らず、喪中はがきを受け取ると、取るものも取り敢えずご仏前にお参りに大阪まで行ったそうです。二人はそのことを私に連絡してくれて、S美さんにまつわる懐かしい話を何十年振りかでいっぱいしました。CちゃんともM子ちゃんとも、S美さんが亡くならなければまた、年賀状のやり取りだけだったかもしれません。私に浮かぶのは仲良しの中で一番お淑やかで、いつも穏やかに笑っていた彼女の若い美しい顔とあの特徴のある声です。亡くなったS美さんの短い人生を私は何も語れません。私の知らない彼女の大切な生活、人生があったはずです。私ができるのは、まだ中学生のお嬢さんを残して旅立たなければならなかった彼女の無念を想像するだけです。
年末になって次々と有名人が亡くなり、TVでその故人の人生や仕事を振り返る番組をやっています。どんなに有名人だって表に出ていることはその人のほんの一部でしかないでしょう。今日も、今も、私の知らないところで命が消えていきます・・・。そして、私もいつか旅立つでしょう。そのことが段々現実的に思えるような歳に私もなったということでしょう。
今年、やり残したことがあって焦っていると言っているなんて怠けたことを反省するだけじゃなくて、限られた時間をもっと大切に生きないと、先に逝った人たちに申し訳ない・・・。
<2014年12月2日>


atsuko_sugihara │Comments(0)Monologue2014 

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